いやはや年の瀬であります。
2005年を振り返ってみるに、一時家族の入院など心配なこともありましたが、なかなか充実した一年でした。
物事が良く回っていて、ある意味ちょうど良い忙しさで、その煽りで「まうかめ堂」の方も存外、更新が進んだというのが良かったですね。
というわけで、今年の更新の結果を並べてみます。
MIDI & mp3
1/2 Dufay: Je requier a tous amoureux, MIDI
1/13-16 Calixtinus: Nostra phalans, MIDI mp3
1/31 Machaut: Kyrie ,MIDI mp3
4/25 Dufay: Gloria ad modum tubae, MIDI mp3 transcription
5/3 Lorenzo da Firenze: Da, da a chi avareggia, MIDI mp3
5/28 English Dance, MIDI mp3
6/20 Solage: Joieux de cuer, (revision) MIDI mp3
6/29 St. Godric: St. Nicholas, MIDI mp3
7/9 Llibre vermel: O virgo splendence, (revision) MIDI mp3
8/9 Johannes Cuvelier: Se Galaas, MIDI mp3 transcription
9/9 Jehannot de Lescurel: A vous, douce debonaire, MIDI
9/25 Johannes Ciconia: Dolce fortuna, MIDI
10/1 Johannes Ciconia: Con lagrime bagnando me, MIDI
10/16 Johannes Ciconia La fiamma del to amor, MIDI mp3
11/26 Le Roman de Fauvel: Favellandi vicium, Mundus a mundicia, Super cathedram/Presidentes/Ruina, MIDI
12/12 Machaut: Ne pensez pas, MIDI
12/17 Machaut: Dous amis, MIDI
12/25 Aquitanian polyphony: Jubilemus, exultemus, MIDI mp3
その他、解説文章など
5/8「MIDI & mp3 セレクション」のページ
6/8 「スタンコお嬢さん撰 MIDI gallery」
8/1 移転 & 独自ドメイン maucamedus.net での運用開始!
11/3 ケルンのフランコ著『計量音楽論』の翻訳、ひとまず最後までたどりつく
11/7-29 「フランコ式記譜法の解説」
12/18 ヨハネス・デ・ムリス Johannes de Muris 著『計量音楽の書』 Libellus cantus mensurabilis の翻訳開始
「中世以外の音楽のまうかめ堂」の更新
3/23-4/4 バルトーク:ミクロコスモス第五巻より六曲
10/30 エリック・サティ:『スポーツと気晴らし』から第10曲ゴルフ、第14曲ピクニック
内容に関しては、今年はあまり核となることがありませんでしたね。強いて言えばフランコか…。
来年はテーマを絞って重点的にやれればいいななどと考えております。
それでは、みなさま、よいお年を。
2005年12月31日
2005年12月23日
Leonin: Viderunt omnes に 対して敗北宣言
クリスマスに向けて、それっぽい MIDI でも作ろうと思い、レオニヌスの VIderunt omnes を作りかけましたが、挫折しました。
理由は、前に「Tonus Peregrinus のレオナン/ペロタン」のところでちらっと関連することを書きましたが、ディスカントゥス部分以外のところの記譜がモーダル記譜法の規則に厳密に従っていないため、その部分のリズムの処理をどうして良いかわからないことです。
いくつか仮説を立てて解決を試みるも、どうもしっくり来ません。
もうすこし勉強してから出直しましょう。
参考になりそうなものは、実践的には「定量リズム」による単旋聖歌の演奏とか、とりわけアンサンブル・オルガヌムなど、理論的には Rudolf Flotzinger: Leoninus musicus という本、あたりでしょうか。
レオニヌスのものとされる2声のオルガヌムは、モーダルの理論が確立する前から建て増しされてきた amalgamated な音楽ということになります。
以前には、「オルガヌム部分+ディスカントゥス部分+聖歌の部分」という三重のテクスチュアからなる音楽かと思っていたのですが、どうもファクシミリをみているとそれは間違いで、オルガヌム部分がさらにモーダルな部分とそうでない即興的に見える部分に少くとも分けられる、四重あるいはそれ以上のテクスチュアからなる音楽のようです。
ちょっと難しいです。
やっぱりノートル・ダム楽派はペロタンから始めたほうが良いのかも…。
理由は、前に「Tonus Peregrinus のレオナン/ペロタン」のところでちらっと関連することを書きましたが、ディスカントゥス部分以外のところの記譜がモーダル記譜法の規則に厳密に従っていないため、その部分のリズムの処理をどうして良いかわからないことです。
いくつか仮説を立てて解決を試みるも、どうもしっくり来ません。
もうすこし勉強してから出直しましょう。
参考になりそうなものは、実践的には「定量リズム」による単旋聖歌の演奏とか、とりわけアンサンブル・オルガヌムなど、理論的には Rudolf Flotzinger: Leoninus musicus という本、あたりでしょうか。
レオニヌスのものとされる2声のオルガヌムは、モーダルの理論が確立する前から建て増しされてきた amalgamated な音楽ということになります。
以前には、「オルガヌム部分+ディスカントゥス部分+聖歌の部分」という三重のテクスチュアからなる音楽かと思っていたのですが、どうもファクシミリをみているとそれは間違いで、オルガヌム部分がさらにモーダルな部分とそうでない即興的に見える部分に少くとも分けられる、四重あるいはそれ以上のテクスチュアからなる音楽のようです。
ちょっと難しいです。
やっぱりノートル・ダム楽派はペロタンから始めたほうが良いのかも…。
今度こそ振動数は槌の重さに反比例しない
ちょっと前に書いた二つの記事の「槌の振動数」についてもう一度考えてみました。
「振動数は槌の重さに反比例しない?!」
「やっぱり振動数は槌の重さに反比例する?!」
仮定をもう一度述べますと、簡単のため直方体の金属棒(というか等方性の弾性体の棒)の横方向の振動のみを考えます。
このとき基本振動数と棒のサイズの間の関係は次のようです。(今度こそ正しい、はず…。)
(これまでは曲げのモーメントの計算で間違っていました。)
「長さの自乗に反比例」というのは「はあ、そうですか」という感じでそれなりに納得もいくのですが、「厚さに比例」というのはちょっと一瞬、直観に反する気もします。鉄琴の金属板の厚さを二倍にするとオクターブ上がるというのは一瞬不思議な感じもしますが、厚くなるとそれだけ曲げのモーメントが大きくなる(曲げるのにより力が必要になる)のでそれが効いてるわけですね。
でも、こうなると、ピタゴラスが鍛冶屋で協和音程が整数比と関係付けられることを「重さ」を通じて発見できるもう一つの可能性が出てきましたね。
つまり、叩いてみて出る音が協和してる長さの同じ二つの直方体の金属棒の「重さ」を計ると整数比だったということがありえます。実は「厚さ」がその比だったということですね。
まあでも、いずれにしても「槌の重さ」自体に比例 or 反比例というのはなさそうです。
また、これ以上、「伝説」に対して云々してもどうかと思うのでこのへんでこの話題は終わりにしたいと思います。
「振動数は槌の重さに反比例しない?!」
「やっぱり振動数は槌の重さに反比例する?!」
仮定をもう一度述べますと、簡単のため直方体の金属棒(というか等方性の弾性体の棒)の横方向の振動のみを考えます。
このとき基本振動数と棒のサイズの間の関係は次のようです。(今度こそ正しい、はず…。)
基本振動数は長さの自乗に反比例し厚さに比例する
(これまでは曲げのモーメントの計算で間違っていました。)
「長さの自乗に反比例」というのは「はあ、そうですか」という感じでそれなりに納得もいくのですが、「厚さに比例」というのはちょっと一瞬、直観に反する気もします。鉄琴の金属板の厚さを二倍にするとオクターブ上がるというのは一瞬不思議な感じもしますが、厚くなるとそれだけ曲げのモーメントが大きくなる(曲げるのにより力が必要になる)のでそれが効いてるわけですね。
でも、こうなると、ピタゴラスが鍛冶屋で協和音程が整数比と関係付けられることを「重さ」を通じて発見できるもう一つの可能性が出てきましたね。
つまり、叩いてみて出る音が協和してる長さの同じ二つの直方体の金属棒の「重さ」を計ると整数比だったということがありえます。実は「厚さ」がその比だったということですね。
まあでも、いずれにしても「槌の重さ」自体に比例 or 反比例というのはなさそうです。
また、これ以上、「伝説」に対して云々してもどうかと思うのでこのへんでこの話題は終わりにしたいと思います。
2005年12月17日
サーバトラブルでデータが飛びました。
昨日(12月15日)、「まうかめ堂」で借りてるサーバでハードディスクのトラブル があり、RAIDであったにもかかわらず二台とも同時にポシャったため、データが一週間前に戻ってしまった、ということがありました。(なんか大昔のUNIXで管理者がバックアップをミスったときみたいです。)
「まうかめ堂」に関しては、全てのデータが手元に取ってあるので大過はなかったのですが、「すたんこ日記」がまるまる一週間分飛んでしまったのが非常に残念でした。(折角ここのところ毎日書いてくれてたのに…。)
ちょっと運が悪かったです。
自分で書いたものは全て手元に残すようにしてるのでよいとして、またBBSへの書き込みもメールで転送されてくるのでよい…だけど、「すたんこ日記」は穴場でしたね。まめにバックアップとらなきゃいけませんね。それともCGIを改造してメールで転送するようにするとか…。
「まうかめ堂」に関しては、全てのデータが手元に取ってあるので大過はなかったのですが、「すたんこ日記」がまるまる一週間分飛んでしまったのが非常に残念でした。(折角ここのところ毎日書いてくれてたのに…。)
ちょっと運が悪かったです。
自分で書いたものは全て手元に残すようにしてるのでよいとして、またBBSへの書き込みもメールで転送されてくるのでよい…だけど、「すたんこ日記」は穴場でしたね。まめにバックアップとらなきゃいけませんね。それともCGIを改造してメールで転送するようにするとか…。
2005年12月10日
やっぱり振動数は槌の重さに反比例する?!
直前の記事の訂正です。形を相似のまま直方体の金属板の重さを変えると、その金属板を叩いたときの振動数は重さに反比例しそうです。
まちがいがあったのは次の主張です。
断面積が増えると質量が増えるので、それで振動数が増えるのはおかしいですね。もういちど考えなおしてみたら、どうも次が正しいようです。
ということは、すべての辺を2の立方根倍して体積を二倍にすると(したがって重さも二倍になる)と、振動数はちょうど半分になることになります!
振動数が辺の長さに依存するときの次数が方向によって異なるので、これはちょっと不思議ですね。やっぱり自明ではないです。
まとめますと、直方体の金属を相似なまま大きさを変えるとき、それを叩いて出る音の基本振動数は重量に反比例する。
どなたか弾性体の力学の知識がある方、以上の議論を検証して下さるとありがたいです。
まちがいがあったのは次の主張です。
振動数は長さの自乗に反比例し断面積に比例する
断面積が増えると質量が増えるので、それで振動数が増えるのはおかしいですね。もういちど考えなおしてみたら、どうも次が正しいようです。
振動数は長さの自乗に反比例する。そして断面積の1/2乗に反比例する。
ということは、すべての辺を2の立方根倍して体積を二倍にすると(したがって重さも二倍になる)と、振動数はちょうど半分になることになります!
振動数が辺の長さに依存するときの次数が方向によって異なるので、これはちょっと不思議ですね。やっぱり自明ではないです。
まとめますと、直方体の金属を相似なまま大きさを変えるとき、それを叩いて出る音の基本振動数は重量に反比例する。
どなたか弾性体の力学の知識がある方、以上の議論を検証して下さるとありがたいです。
振動数は槌の重さに反比例しない?!
中世の旋法理論について少しまじめに勉強しようと思い、久しぶりに金澤正剛先生の『中世音楽の精神史』を読んでいて、以前には疑問に思わずにスルーしてたけれど、よくよく考えてみると自明でないあることに気付きました。
それは、ピタゴラスが耳に心地良く響く協和音程が数比で表現されることを発見する伝説に関するものです。
これはボエティウスの『音楽教程』に出てくる有名な逸話で、後の理論書、例えばヨハンネス・デ・グロケイオの『音楽論』などにも引用される話です。
さて、ここで、最後に現れる数比 12 : 9 : 8 : 6 が、現代の科学的な理解ではそのまま振動数の比(正確には逆比)を表すことは、コンテクストから明白です。
ただ、今回私が自明でないと思ったのは、その振動数が槌の重さに反比例するかどうかです。
例えば弦の場合なら、均質な材質でできてる弦で張力が同じであれば、(横振動の)振動数が長さに(したがって重量に)反比例することは物理的に正しいことです。
ただ槌の場合、材質が金属の塊で、弦とは振動の様式、というか従う運動方程式自体が異ります。その上形状が複雑なので、その分境界条件も複雑になります。仮に重さの比が整数比である異なる槌が相似な形であったとしても、それがそのまま振動数の比に一致するかは全く自明ではありません。
そこで、複雑な形状の槌について運動方程式を厳密に解くことは不可能にしても、槌を直方体であると見做してしまって振動数が形状そして重さにどうのように依存するのかを理解しようと思いました。
というわけで、6、7年ぶりにクーラン=ヒルベルトの『数理物理学の方法』を開きました。

(いやはや、名著というのはたまに読むと本当に良さが心にしみてくるものですね。)
さて、それで、詳細は省きますが結論としては、金属の直方体を鳴らしたときにそれの音程と認識されるであろう基本振動数(fundamental frequency)は、一番長い辺に横断的な方向への振動により与えられるもので、長さの自乗に反比例し断面積に比例するということがわかりました。
つまり単純に相似なまま重さを二倍にしても振動数は半分にはならない、振動数が重さに反比例するためにはうまく形状を変えなければならない、ということになります。
(弦では長さの一乗に反比例するのに金属の棒あるいは板では二乗に反比例するのは、弦では時間方向にも空間方向にも二階の偏微分方程式である波動方程式に従うのに対して、金属棒では時間方向には二階だけど空間方向には四階の偏微分方程式に従うことが反映しています。)
以上のような話をスタンコお嬢さんにしてみたら、こんなことを言いはじめました。
「鳴っているのは槌ですか?むしろ叩かれてる金属板の方ではないですか」と…。
「仏壇のチーンでは叩く棒は鳴りません。」
さすがスタンコお嬢さんです。言われてみればもっともであります。
でも、そうだとしても上の考察した状況により近くなるだけで結論は変わりません。
まあ、もともとこのピタゴラスの逸話は、あくまで逸話であって、基となる出来事はあったかもしれないけれどもそのまま事実というわけではないでしょう。
仮にピタゴラスが鍛冶屋で何かを発見したとして、それは音に関する定性的な事実だったのかもしれません。つまり重い金属を叩くと低い音がするというような…。
数比と協和の関係については弦を通じて発見したのではないか、などと憶測してみたりもします。
それにしても、協和における「数比」というのは、現代では振動数の比という非常に具体的に実体を持ったものとして理解できるわけですが、もちろんピタゴラスの時代にはそういう理解ではなかったわけで、もっと抽象的な概念的なものだったわけです。にもかかわらず「万物は数である」という、それが言われてから2000年以上たってから近代科学がその言葉に血と肉を与えることになる世界観を打ち出したピタゴラスってやっぱりすごいのかも、などと思ったりもします。
それは、ピタゴラスが耳に心地良く響く協和音程が数比で表現されることを発見する伝説に関するものです。
ある日のこと、鍛冶屋の前を偶然に通ったピタゴラスは、何人かの職人が打っている槌の音が共鳴して快い協和音を発していることに気付いた。
最初それはそれぞれの槌を打っている職人たちの力の入れ方であると考え、職人たちに槌を持ち替えて打ってみるように頼んだが、それぞれの槌の打ち手が替わっても、変わらなかった。
そこでさらに調べてみるうちに、音の高さの違いは、その槌の重量の違いと関係があることに気づいた。すなわちそこにはちょうど五本の槌があったが、他の槌と不協和音を生ずる槌一本を除けば、他の四本の槌の重さは次のような数比の関係にあることが解ったのでる。
12 : 9 : 8 : 6
これはボエティウスの『音楽教程』に出てくる有名な逸話で、後の理論書、例えばヨハンネス・デ・グロケイオの『音楽論』などにも引用される話です。
さて、ここで、最後に現れる数比 12 : 9 : 8 : 6 が、現代の科学的な理解ではそのまま振動数の比(正確には逆比)を表すことは、コンテクストから明白です。
ただ、今回私が自明でないと思ったのは、その振動数が槌の重さに反比例するかどうかです。
例えば弦の場合なら、均質な材質でできてる弦で張力が同じであれば、(横振動の)振動数が長さに(したがって重量に)反比例することは物理的に正しいことです。
ただ槌の場合、材質が金属の塊で、弦とは振動の様式、というか従う運動方程式自体が異ります。その上形状が複雑なので、その分境界条件も複雑になります。仮に重さの比が整数比である異なる槌が相似な形であったとしても、それがそのまま振動数の比に一致するかは全く自明ではありません。
そこで、複雑な形状の槌について運動方程式を厳密に解くことは不可能にしても、槌を直方体であると見做してしまって振動数が形状そして重さにどうのように依存するのかを理解しようと思いました。
というわけで、6、7年ぶりにクーラン=ヒルベルトの『数理物理学の方法』を開きました。
(いやはや、名著というのはたまに読むと本当に良さが心にしみてくるものですね。)
さて、それで、詳細は省きますが結論としては、金属の直方体を鳴らしたときにそれの音程と認識されるであろう基本振動数(fundamental frequency)は、一番長い辺に横断的な方向への振動により与えられるもので、長さの自乗に反比例し断面積に比例するということがわかりました。
つまり単純に相似なまま重さを二倍にしても振動数は半分にはならない、振動数が重さに反比例するためにはうまく形状を変えなければならない、ということになります。
(弦では長さの一乗に反比例するのに金属の棒あるいは板では二乗に反比例するのは、弦では時間方向にも空間方向にも二階の偏微分方程式である波動方程式に従うのに対して、金属棒では時間方向には二階だけど空間方向には四階の偏微分方程式に従うことが反映しています。)
以上のような話をスタンコお嬢さんにしてみたら、こんなことを言いはじめました。
「鳴っているのは槌ですか?むしろ叩かれてる金属板の方ではないですか」と…。
「仏壇のチーンでは叩く棒は鳴りません。」
さすがスタンコお嬢さんです。言われてみればもっともであります。
でも、そうだとしても上の考察した状況により近くなるだけで結論は変わりません。
まあ、もともとこのピタゴラスの逸話は、あくまで逸話であって、基となる出来事はあったかもしれないけれどもそのまま事実というわけではないでしょう。
仮にピタゴラスが鍛冶屋で何かを発見したとして、それは音に関する定性的な事実だったのかもしれません。つまり重い金属を叩くと低い音がするというような…。
数比と協和の関係については弦を通じて発見したのではないか、などと憶測してみたりもします。
それにしても、協和における「数比」というのは、現代では振動数の比という非常に具体的に実体を持ったものとして理解できるわけですが、もちろんピタゴラスの時代にはそういう理解ではなかったわけで、もっと抽象的な概念的なものだったわけです。にもかかわらず「万物は数である」という、それが言われてから2000年以上たってから近代科学がその言葉に血と肉を与えることになる世界観を打ち出したピタゴラスってやっぱりすごいのかも、などと思ったりもします。
文庫でディラックとヒルベルトが読める
2005年12月01日
月例アクセス解析
月初めになりましたので、先月11月のアクセス集計の結果についてひとこと言いたいと思います。
→「アクセス集計 2005年11月」
まず、MIDI も楽譜も、アクセス数が急に伸びました。MIDI, mp3 のトータルが3600近く、楽譜の方は1700超といずれも当初(8月)の2〜3倍近くになっています。
よく内訳を見ると海外からのアクセスが急増しており、もっと言うとそれはヨーロッパからで、さらにもっと言うとフランスからのアクセスでした。
これは、フランスの中世音楽サイト
Instruments pour jouer les musiques du moyen age
がリンクを貼ってくれたときからのようで、ダウンロードソフトかなにかでガリガリまるごと持っていく人が何人もいたためのようです。
しかも、あるときには「スタンコ日記」に対して、1754年の1月から2257年12月の日記まで持っていこうとした人がいて、この日のスタンコ日記の CGI へのアクセスは 13000を越えました。しかもフランスからです。
サーバへの負荷を考えると、さすがにこれは歓迎しかねますね。
さて、MIDI, mp3 のランキングは、再び Sumer is icumen in が一位に返り咲きました。さすがに超有名曲、本当に強いですね。MIDI data 自体はたいしたものではないんですが…。
二位は Ciconia の La fiamma del to amor の mp3. これはなかなか好反応で良いです。
Roman de Fauvel の三曲への反応はイマイチだったようです。
たしかに、MIDI だけ並べられてもよくわからないかもしれないというのはあります。
それから、「まうかめ堂」に到達する検索文字列については、「モンセラートの朱い本」のまだ作ってない曲、例えば Cuncti simus concanentes, ad mortem festinamus, polorum regina で来ちゃう人が最近とみに多いです。
全曲パッパと作るつもりが、ずっと in preparation になってるのでこうなるのですが、これについてはちょっと考えましょう。
→「アクセス集計 2005年11月」
まず、MIDI も楽譜も、アクセス数が急に伸びました。MIDI, mp3 のトータルが3600近く、楽譜の方は1700超といずれも当初(8月)の2〜3倍近くになっています。
よく内訳を見ると海外からのアクセスが急増しており、もっと言うとそれはヨーロッパからで、さらにもっと言うとフランスからのアクセスでした。
これは、フランスの中世音楽サイト
Instruments pour jouer les musiques du moyen age
がリンクを貼ってくれたときからのようで、ダウンロードソフトかなにかでガリガリまるごと持っていく人が何人もいたためのようです。
しかも、あるときには「スタンコ日記」に対して、1754年の1月から2257年12月の日記まで持っていこうとした人がいて、この日のスタンコ日記の CGI へのアクセスは 13000を越えました。しかもフランスからです。
サーバへの負荷を考えると、さすがにこれは歓迎しかねますね。
さて、MIDI, mp3 のランキングは、再び Sumer is icumen in が一位に返り咲きました。さすがに超有名曲、本当に強いですね。MIDI data 自体はたいしたものではないんですが…。
二位は Ciconia の La fiamma del to amor の mp3. これはなかなか好反応で良いです。
Roman de Fauvel の三曲への反応はイマイチだったようです。
たしかに、MIDI だけ並べられてもよくわからないかもしれないというのはあります。
それから、「まうかめ堂」に到達する検索文字列については、「モンセラートの朱い本」のまだ作ってない曲、例えば Cuncti simus concanentes, ad mortem festinamus, polorum regina で来ちゃう人が最近とみに多いです。
全曲パッパと作るつもりが、ずっと in preparation になってるのでこうなるのですが、これについてはちょっと考えましょう。