で、もちろん昔読んだときには全くそんな風に思いませんでしたが、これって「20世紀のアルス・ノヴァ」なんじゃないかという風に強烈に感じました。
ここで言うアルス・ノヴァとは、フィリップ・ド・ヴィトリの同名の論文のことを指しています。すなわち、それまでの「古い技法」に対して、計量記譜法(これは即その方法による作品の音楽構造を規定しています)に関してのイノヴェーション(二分割リズムを認めることと、ミニマの導入)を提案・提出した、かの有名な論文のことで、それがそのままその時代・様式の音楽に転用されたおおもとのことです。
で、ブーレーズの Eventuellement… は、まさにそのころその技法による傑作(「ル・マルトー」)を完成させつつあった、セリーの技法に関する非常に具体的な論考です。
私にはこれが、20世紀音楽におけるセリーの技法についてのアルス・ノヴァに見えるのです。
自分の作った曲にすら自分の名前を記さなかったほど慎ましやかだったヴィトリと比べれば、「激怒する職人たち」(ルネ・シャール)を地でいくような若きの日のブーレーズはアグレッシブです。
つまり十二音音楽語法の必要性を感じたことのない(中略)音楽家は、すべて「無用」である。
なんてことまで言ってます。(有名な一節ですが。)
でも、内容的にはさして戦闘的というものでもなくて、19世紀末ぐらいまでの伝統的(因襲的)音楽を、新ウィーン楽派らの資産を元手に、どのように超克していくかが、具体的な方法論とともに示されています。
読むほどにアルス・ノヴァですね。
しかも面白いことに、ここにはマショーやデュファイへの言及があります。
たしかにリズムをセリー構造に組み入れる必要がある。どのようにしてそれを成し遂げるのか?
逆説的にいえば、その出発点となるのは、ポリフォニーをリズムから引き離すことであろう。保証を必要とするなら、マショーやデュファイのアイソリズム・モテトを挙げればよい。つまり、われわれは、リズム構造にもセリー構造にもまったく対等な重要性を与えるのだ。この[リズムの]領域においても同様に、可能事の網状組織を創りだすこと、それがわれわれの目標である。
一つ前の記事で、20世紀音楽に言及したのには実はこういう背景があったんです。
というか、この一文は、私の関心が中世音楽に向かう遠因の一つだと言ってもよいものです。
十二音音楽、そしてセリー音楽へといたる道は、大体バッハの時代から19世紀終わりぐらいまでのいわゆるクラシック音楽に慣れ親しんだものにとってはなかなか理解しがたく、また現在学校で教えられているような「標準的な」音楽な規範からすると受け入れ難いものでありえます。
しかしながら、ヴァーグナー以降顕著だった半音階主義の中、調性は一度解体されねばならなかったということを前提とするならば、調性和声、あるいは機能和声に基づいた音楽の構成法を捨て去らなければならなかったことは必然であり、それにかわる新しい音楽の構成法、組織化の方法を探し求める必要があったこともまた必然でしょう。
そうしたときに、シェーンベルクはどの程度自覚していたかはわからないけど、ストラヴィンスキーは極めて直観的に、メシアンとブーレーズは音楽史全体を俯瞰的に見渡す観点からの論理的帰結として、それぞれに、そして常に implicit に中世音楽への参照がなされたということは、今では私には必然のように思えています。
ロマン主義の時代にあまりにも多くのものを背負わされてしまった音楽を解放し、音と人間とのより直接的な結びつきをとりもどすこと。
音楽は、その本質からいって、感情、態度、心理状態、自然現象など、いかなるものであっても何ものをも表現する力を持たない、と私は考える。未だかつて表現が音楽の内在的特性であったことはない…。(ストラヴィンスキー)
20世紀音楽、というか上に挙げた作曲家の音楽は、その前の世紀の音楽よりずっと、中世音楽、より正確には十二世紀以降の中世多声音楽に近いと感じています。
すなわち、神の声たる(グレゴリオ)聖歌に対する注釈としての音楽の時代、与えられた神の声=聖歌は既に書き留められ、シンボルとして、記号として操作の対象になっていて、数の学問の一分野たるムジカを修得したマギステルたちが行っていたことは、「宇宙の調和を見つけ出す」という認識の下で、調和=比例関係に基づく音の大伽藍を築き上げることにほかならなかった、そんな時代の音楽にです。
セリー音楽と、ブーレーズも言及しているアイソリズム・モテトに関して言えば、その発想法も、おそらくは作曲のプロセスも、かなり似通っていると言ってよいでしょう。
(結果として得られる音響はだいぶ異なるものになりますが…。
また、20世紀と中世の非常に大きな違いは、20世紀にはもう「神」がいなかったことでしょうか。)
西洋音楽の歴史全体を、ひとまとまりのもの考えたときに、(それは正当なものの見方でしょう。)非常に大きくわけて15世紀ごろから19世紀末までと、それ以外にわける見方がありうるだろうと、私は思っています。これは、音響の性質という観点から、三度を中心にした音の構成法が主流だった時代とそれ以外と言っても良いかもしれません。つまり、響きの性質ががらっと変化した時期がここ2000年ぐらいの間に二回あったということです。
前者は常に中心であり、後者は明らかに周縁です。
そして、多くの人は、(たとえ音楽のプロであっても、)「中心」の論理・観点から非常にしばしば「周縁」を裁いてしまっていることに何の疑念を持たないどころか、そういう事態が生じてしまっていることにすら気づいていないようにも見えます。
私はいまさらいわゆる「現代音楽」を解さない人から20世紀音楽を擁護しようなどという気はまったく起きませんが、中世音楽は、西洋音楽の礎として音楽の卵であると同時に、もはや多くの人々にとってその声をきちんと受け止めることの難しくなってしまった内なる他者です。
中世音楽は、多くの人々が「音楽とはこういうものだ」と認識しているその音楽の正統性を根底から覆す力を内に秘めています。
西洋音楽の歴史は、中世と20世紀を足場として一度脱構築されてよい、ということが一つ前の記事で言いかけたことでした。
ですが、今回も議論が性急に過ぎました。