2010年04月08日

ヘクサコルドの発展史におけるバタフライ効果?

再びグイド・ダレッツォの本についてです。

Stefano Mengozzi, The Renaissance Reform of Medieval Music Theory: Guido of Arezzo between Myth and History, Cambridge University Press, 2010.

ut-re-mi-fa-sol-la のソルミゼーションはグイドの同時代には、理論としては、それほど流行らなかったそうなんですが、後の時代にヘクサコルドの理論として全音階システムそのものを基礎付けるほどの重要な位置にまで昇格します。

どうもこの大躍進の端緒となったのがグイドの「ミクロログス」という超有名論文を注釈した「メトロログス」という13世紀の論文のある箇所だとのことです。

そもそも「ミクロログス」はグイドの著作でありながら ut-la のシラブルによる音名が全く出てこないのですが、「メトロログス」ではそれを書き換えて、ut-la のシラブルで表される6つの音が「全てのハーモニーの基礎である」というようなことをぽろっと言っちゃったみたいで、それがヘクサコルド大出世の一番おおもとの原因だと上の本には書かれています。

それを表現するのに次のような一文が出てきてまうかめ堂的に無茶苦茶大ウケでした。
In hindsight, this excerpt may be viewed as the initial fluttering of the butterfly that will lead to a powerful hurricane in a different place and time... (p.61)

後知恵では、この抜粋は、異なる地域と時代において強力なハリケーンを導くことになる蝶の最初の羽ばたきとして見ることができる…

こんなところにバタフライ効果の比喩が出てくるなんて…。
posted by まうかめ堂 at 02:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 中世音楽

2010年04月04日

Clavis, Clef そして Key

ト音記号やヘ音記号などの音部記号を英語では G-clef や F-clef など clef と言いました。また、調のことを英語で key と言ったりもします。この辺のことが、どうしてこういう風に言われるのか、あまり考えもしませんでしたが、ある本を読んでいて唐突にその起源がわかりました。

ある本とは次です。

Stefano Mengozzi, The Renaissance Reform of Medieval Music Theory: Guido of Arezzo between Myth and History, Cambridge University Press, 2010.

これは11世紀に Guido d'Arezzo によって開発されたという中世・ルネサンスにおけるソルミゼーションであるヘクサコルド hexachord (一言で言うとドレミの原型です)がその後の時代にどのように用いられていたのかを、特にそれまでに既にあった G-A-B-... という七音の音名の体系の用いられかたとの対比によって探っている本(のよう)です。(まだ、あんまり読んでません。)

なかなかヘクサコルドというのは、明解ではあるけれどもよくよく考えてみるとちょっと不思議な理論で、どうもしっくりこないところが残るので、まうかめ堂は中世音楽のサイトでありながら言及を避けてきたのですが、この本を読むともう少しすっきりしそうです。

で、本題の Clef や Key です。

上の本の中にこんな記述がありました。(以下、だいぶいい加減な訳による引用です。)

A-G の文字は claves ("keys") としても知られていた。なぜなら、それらは譜表の始めに置かれ、ピッチを紛れなく示すための "clefs" として用いられたからだ。(多くの中世の理論家たちが指摘しているように、鍵が錠を開けるのと同じ風に、それら(claves)は読む者に楽譜を開ける(unlock)ことを可能にするのである。(p.7)


えっ!そうだったの!という感じですが、これで表題の三つのもの Clavis, Clef そして Key がつながりました。

Clavis は正に鍵を意味するラテン語です。(複数形が Claves) また、それは、中世・ルネサンス期には上の音部記号という意味を超えて多様に用いられた音楽用語でもあります。

最初に書いたように Clef は音部記号の意味であり、かつその意味でしか用いられない英語のようですが、その大本は Clavis ということになりそうです。

そして Key. これがなぜ調を表すのか、いままで私には謎でしたが、なんというか「鍵」という意味を経由して英語に「調」の意味として入りこんだということになるわけですね。

なんというか clavis というラテン語の多義性によって英語の key の多義性が impose されるとでもいうべき状況でしょうか…。

上の引用に「多くの中世の理論家たちが指摘しているように」というのがありました。

気になったので TML で clavis で検索をかけてみたら、大量に引っかかってとても全部見きれませんでしたが、それっぽいものが一つ見付かりました。

13世紀の論文で、 Elias Salomo という人の Scientia artis musicae (「音楽技法の知識」)という文書の中にこんな一文がありました。
Quid est clavis in hac arte? Clavis est scientiam artis musicae aperiens artificialiter per septem litteras et sex punctos

この技法において clavis とは何か? Clavis
は7つの文字と六つの punctos を通じて音楽を開ける(aperire)技法の知識である。

この部分はいわゆる「グイドの手」を論じている章の一部で、上で sex punctos とあるのはおそらくヘクサコルドの六つの音名 ut-re-mi-fa-sol-la のことでしょうね。

音楽に対して aperire なんて語を使っているのは面白いですね。
posted by まうかめ堂 at 01:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 中世音楽