2007年05月13日

デュファイの Ce moys de may の詞

みなさま、こちらではお久しぶりです。

ここ数ヶ月、本業の方で論文を書いていたために、他のことに使う余力がありませんでした。というわけでだいぶ御無沙汰になってしまいました。

それはさておき、「まうかめ堂」の最近の出来事として、アメリカの某大学のコンピューターサイエンスのさる教授(以下 O 教授)と、デュファイの Ce moys de may の詞に関してちょっとしたやりとりをしているというのがあります。

最初はその O 教授が、「まうかめ堂」の Ce moys de may の楽譜を見て、自分で作成した詞の英訳を送ってくれたのが事の始まりでした。そのメールでは、「自分でも source を見たいんだけども、あなたはどこで見たのか?」と訊いてきていて、「ファクシミリが出版されていて云々」と答えました。すると、先週になって、 O 教授が自身でファクシミリを検討した結果が、詳細なコメントとともに送られてきて、これを昨日今日、私の方で検討してみたところ、「まうかめ堂」の楽譜の詞の間違いもいくつか見付かったのと、あと、いろいろ面白い発見がありました。

O 教授の偉いところは Larousse の中仏語辞典をひき倒しながら、徹底的に自力で解読しようとしているところです。

一方、私の方はといえば、詞に関しては半ば諦めていて、というのはそれが目的の中心ではないからでもありますが、不明な箇所が出てきたら、市販の楽譜とか、CDのブックレットの中の詞とか、既存のものを参照してその中から最も納得のいくもので埋めとくことにしています(笑)。
さすがに自分が習熟してない中仏語のテクストの専門家による transcription をクリティークするわけにはいきかねますからね…。
(実はこれ、「まうかめ堂」で、楽譜の需要が最も多いにもかかわらずそれを無闇に増やすわけにいかない理由でもあります。補完して下さるかた募集。)

さて、それでO 教授の詞の transcription を見ていてわかったことがいくつかあります。

・私はこの Ce moys de may の詞を、何らかの形で印刷されたものを四つほど持っています。(Besseler 校訂の楽譜、CDの詞等)。もしかしたら、その全てが重要な局面で単一の transcription (Besseler か?)に依拠しているかもしれない感じがしてきました。

・例えば些細なところでは "Por despiter" という箇所。
写本に忠実に読むなら "Pour despiter"の方が良いかもしれません。
ただこれはほとんど表記の仕方が違うだけなのであまり問題にはなりません。

・ちょっと問題なのは "Carissimi" というパッと見イタリア語が突如現れる箇所です。写本ではどう見ても "k(?)rissime" のように読めます。
当然のことながら O 教授は「何であんたの transcription は Carissimi! になってるの?」と噛みついてきます。
いえ、私の所有する全ての詞が Carissimi になってるから、そのまま写しただけなんですけどね…。

しかし、ここはちょっと根拠をはっきりさせないと問題かなとも思いました。

それで、しばらく写本を眺めながら「カリッシミ、カリッシミ」と呟いていたら、これはイタリア語じゃなくてラテン語なんじゃないかと思いあたりました。
(先程言ったイタリア語というのは、私も O 教授も勝手にそう思ってたことなんですね…。)

より詳しく言うと、「カリッシミ、カリッシミ」と呟いていたら Antonius 'Zacharias' de Teramo という人の Sumite, karissimi というモデナ写本に含まれるアルス・スブティリオールの曲を思いだし、ラテン語である可能性に気付きました。

そして、やはりCe moys de may の中のこの語は karissime で、第一第二変化形容詞 karus の最上級 karissimus の男性単数呼格が名詞的に用いられていて、「親愛なる友よ」(訂正)「最愛なるものよ」という呼び掛けの意味になってると解するのが一番自然のように見えてきました。

ちなみに karissimus は carissimus とも綴られるようです。
すると Carissimi はパッと見イタリア語に見えるけれども、ラテン語と思うこともできて、その場合男性複数呼格で、「親愛なる友たちよ」(訂正)「最愛なるものたちよ」というような意味になります。イタリア語と見做しても複数のようです。

それでは、これまでの transcription において、karissime と単数に読めるものが、なぜ複数に解されていたのかが問題になりますが、詞の内容を見るかぎり複数と見做すべき積極的な理由は見当らないように思うのですが……どうでしょうか?(御意見求む。デュファイの場合、複数の写本に写されてることも多いので他の写本との校合により Carissimiなのかもしれませんね。)

そういうわけで、近々この曲の楽譜は改訂します。
特に、とりあえず Karissime になる予定です。

でも、「かりっしめ、でゅふぁーい」と歌うより「かりっしみ、でゅふぁーい」の方がカッコいい気も…なぁ〜んて。

posted by まうかめ堂 at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 中世音楽
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