2006年06月08日

テューダー朝の鍵盤音楽

Myoushin さんがMUSICA ANTIQUAで up されている一連のヴァージナルの音楽の MIDI に触発されて、英国テューダー朝の鍵盤音楽に急速に魅かれつつあります。

特に、一月ほど前に up されたバードの Have with yow to Walsingame の MIDI にはすごく感銘を受けました。
こんな名曲がバードの鍵盤曲にあったんですね。

その後、高名な古楽奏者による同曲の録音を聴いたりすると、そちらはそちらでもちろん面白いのですが、ある観点では Myoushin さん作の MIDI の方が上であることに気付きます。

どういうことかというと、余計な装飾を排し、基本的にべた打ちで要所要所で的確に手を加えていく作りの MIDI の方が、作品の構造的な本質を良く表現しているということです。

つまり、私の聴いた実演の録音では、装飾とルバートによって作品構造が若干見えにくくなっている感があるのですが、その点 Myoushin さんの MIDI では、カラーレーションやプロポルツィオの変化による対比や、後半に向けての構造的なダイナミズムの高まりが、手に取るようにわかります。

実はこういう MIDI がまうかめ堂の理想の一つといえるかもしれません。
すなわち、現実の人の手による演奏をエミュレートすることに重きを置くのではなく、時計じかけの音楽であっても明確な輪郭で作品の本質を描きだすような MIDI を目指すことです。


さて、それで、グレン・グールドの「エリザベス朝のヴァージナル音楽名作選」というディスクを買いました。(上の Walsingame とは別です。グールドは Walsingame を弾いていません。)

ギボンズ、バードに bonus track としてスウェーリンクが録音されているのですが、知りませんした、グールドがこれらの音楽に深い情熱を持っていて、このアルバムがグールドの最高傑作の一つだったとは…。

そもそもグールドを聴くのがものすごく久しぶりです。10年以上ぶりかもしれませんね。私は、バッハの鍵盤音楽の多くを、例えばパルティータ、フランス組曲、イギリス組曲、ゴールトベルクなどをグールドの演奏を通じて知りました。これは良かったのか悪かったのか…。今、思い返すと、「フーガの技法」の最初の10曲をオルガンで弾いたディスクが一番印象に残っていて、それがゴールドベルクなんかより好きかもしれません。

さて、この「エリザベス朝…」ですが、案外違和感ないものだなと思いました。
普通のコンサート・グランド・ピアノで弾いてることも、グールドが弾いていることも…。
たとえは悪いかもしれませんが、アーノンクールの演奏で、ベートーヴェンはちょっとくどいけどモーツァルトの方は面白いというのにちょっと似てるのかなと思いました。

バードのヒュー・アシュトンのグラウンドが特に良いですね。グールドならではの鋭い切れ味の演奏だと思いました。

それで、ライナーノートにグールド自身の文章が引用されていて、それが凄く面白い…。

『ソールズベリー卿のパヴァーヌとガヤルド』のような中途半端な技巧的作品の中でも、音階やトリルを必要な箇所にそれなりに盛り込んでいるにも関わらず、極めて美しい作品だが、理想的な再現手段を欠いているという印象を拭い去ることができない。後期の弦楽四重奏を書いたころのベートーヴェン、または、ほとんどの時期のヴェーベルンのように、ギボンズは扱いにくい作曲家なのだ。少なくとも鍵盤楽器の分野では、共鳴板を通してより、記憶や紙の上での方が良く響くのである。

そこで、はたと気付くのです。
私は、ベートーヴェンでは中期よりも「後期の弦楽四重奏を書いたころ」の方が好きだし、ヴェーベルンは私の好きな作曲家ベスト5に入ってくる人だということを…。
そして何よりも、中世多声音楽こそ「理想的な再現手段を欠いている」音楽の最たるものではないかと…。
またここでは言及されていないけれども、私の偏愛するセリー音楽もまた、「記憶や紙の上での方が良く響く」音楽であるということを…。

いやはや、今まで気が付きませんでした。私の好む音楽が「理想的な再現手段を欠いている」「記憶や紙の上での方が良く響く」という言葉で括られるということを…。

posted by まうかめ堂 at 00:16| Comment(6) | TrackBack(0) | 中世以外の音楽
この記事へのコメント
ある意味、省エネの打ち込みが作曲家の意図に近いかもしれないとは感じてました。MIDIの方が優れた表現手段かもしれないとは・・・(^^
結構有名な演奏家のCDを聞いても耳コピーが出来ないのがあると演奏者が正しく理解して演奏してない可能性を感じてしまうのは、私だけでしょうか?
Posted by Myoushin at 2006年06月08日 17:55
こまめにこのような日記をチェックしていただきありがとうございます。

たしかに「演奏者が正しく理解して演奏してない可能性」って思うときありますね。でも、作曲者の指示を大胆に無視した名演なんてのもあるようなので微妙なことかもしれません。

それにしても、バードの My Ladye Nevelle Booke って凄い曲集ですね。本当にエキサイティングです。

ところで、大曲ですが The Battell を作られる意志や御予定は無いでしょうか?

Posted by まうかめ堂 at 2006年06月08日 20:25
>The Battell を作られる意志や御予定は無いでしょうか?
時間が取れれば、でも、一週間以上はかかりそうです。しばらくお待ち下さい(^^
Posted by Myoushin at 2006年06月08日 21:07
わあ、すごい!楽しみです。

> しばらくお待ち下さい(^^

何週間でも何ヶ月でも待ちます。(無理はなさらないで下さい。)
Posted by まうかめ堂 at 2006年06月08日 22:58
実は私もグールドのCDを聞いて、バードのヴァージナルの曲をMIDI化しようと思ったんです。聞き込むと段々と好みが変わっていって我ながら不思議です。今はバードのFirst Pavan and Galliardが良いですね。
Posted by Myoushin at 2006年06月18日 17:42
>実は私もグールドのCDを聞いて、バードの
>ヴァージナルの曲をMIDI化しようと思ったんです。
なるほど、それは興味深いですね。
うん、このディスクはやっぱり名盤ですね。グールドが「バッハの向こう側」に何を見ていたのかがよく聴こえてくる感じがします。
Posted by まうかめ堂 at 2006年06月19日 02:57
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