これも備忘のためのメモ。
うちにある音律の参考書、平島達司著『ゼロ・ビートの再発見』(今でもこれが一番の名著でしょうか)に興味深い記述が。
1.「(3)(←ピタゴラス音階のこと)は、純正の五度調弦をする弦楽器の現代奏法では、思いのほか多用されているようです。」p.77.
そうだっだのか…。そうするとフル・オーケストラの演奏ではいくつもの系統の響きが同時に聴かれるのですね。弦のピタゴラス、ブラスの純正、鍵盤が入るなら平均律と。
でも、たしかに言われてみればオーケストラの響きは重層的で流動的かもしれません。
2.「1756年に出版されたレオポルド・モーツァルト(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの父)のヴァイオリン教則本を見ますと、四本の弦はすべて開放弦から弾き始めるようになっています。このことは、父モーツァルトの時代でも、ヴァイオリンの調弦は、ミーン・トーンに調律したチェンバロのg, d1, a1, e2に合わせたことを物語っています。」p.106.
これもちょっとすごいですね。
ミーン・トーンの五度って純正よりも5.5セント、平均律よりも3.4セント狭くて、私でも「ああ、ちょっと狭いな」と思うぐらいのものですが、それで調律したヴァイオリンは結構違和感あるんじゃないでしょうかね。
それと、現代のギターのフレットの付け方は平均律ですよね。そうすると6弦を正確に純正に取ってしまうとだいぶ「狂う」ことになりますね。だからギターのチューニングをハーモニクスを使ってやると不正確になる、ということで良いのでしょうか? (←誰に訊いているのだろう…。)
2006年06月26日
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>不正確になる、ということで良いのでしょうか?
ギターは電子楽器のキーボードに合わせるのが平均率にチューニング出来て楽です。ハーモニックスを使って調弦すると一部の調で違和感がでるかも(私は自分では変に感じたことはないです)。それよりも演奏中にチューニングが狂ってくることが多いので、その方が影響が大きいです。
私の知識不足からそう思うだけだと思いますが、開放弦から弾き始めるのがなぜミーントーンで調律ということにになるのかが不思議です。
と言うのはわざわざ練習を伴奏付でするものでしょうか?
現在使われているメソードは無伴奏ですし・・
>1.「(3)(←ピタゴラス音階のこと)は、純正の五度調弦をする弦楽器の現代奏法では、思いのほか多用されているようです
少なくともバイオリンや、ビオラ、チェロ、コンバスなどの弦楽器は通常どの弦もA線を基準に完全音程で調律しますので、調律とか気にしたことが無いですね(-_-;)
ちなみに練習時の重音は純正な響きを・・・
ということで和音と旋律はピッチが違ってきますので固定調律の鍵盤楽器に各弦の調律を合わせる必要性が分かりません。
(プロの演奏家だったらこの答えを知ってるかも・・・)
あ、反論じゃなくて素朴な疑問なので・・・
気にしないでくださいw
なるほど。弦同志の音程一つにつき2セントの差でも弦が5本も6本もになるとトータルでだいぶ気になるぐらいの差になりそうですが、結局こっちに吸収されちゃうのかもしれませんね。
うん、たしかに私の多くないギター経験でもギターのチューニングはわりとすぐに狂ってしまう気はします。
というかギターのチューニングってチューナーを使うにせよ何にせよ、どういう状態が「合っている」のかが私にはよくわからなかった記憶が…。
本文で書いたようなことが一因としてあったのかな、とちょっと思いました。
>開放弦から弾き始めるのがなぜミーントーンで調律ということにになるのかが不思議です。
sumikaさんの言われることはもっともであります。
引用した本の主張が正しいかどうかを見るのためには次の二つのことが必要でしょう。
1.ここで言われている父モーツァルトの教則本がチェンバロの伴奏付かどうかを見る。(これは見れば本当に一発ですが、どうやって見れば良いものか…。)
2.当時のチェンバロの調律が(少くとも父モーツァルトの周囲では)ミートーンであったかどうかを調べる。(こっちはかなり微妙ではないかと思われます。)
平均律の最初の開発者がだれかはわかりそうにないのですが、それを研究した人として名前の上がってくるのがヨハン・ナイトハルトという人で、これが大バッハと同時代人です。
それで引用した本の、当時画期的であったであろう大きな主張の一つがバッハのいわゆる「平均律クラヴィーア曲集」は平均律で弾かれるためのものでなく(実際、原題の Das wohltemperierte Clavier は「平均律クラヴィーア」とはちょっと訳せない)、ヴェルクマイスター音律だというものです。(この話はよく知られているでしょうか。)
さらにこの本の著者は「ロマン派の音楽は古典音律の産物であり、平均律への移行はドビュッシーのころ」と言ってます。
この辺のことが本当に正しいのかがすごく気になっているのですが、現在の音楽関係者の間である程度統一した見解があるのか無いのか、あるならそれが何なのか、誰か御存知でしたら教えていただきたいです。
話を元にもどすと、確かに父モーツァルトの時代に平均律は存在していたので、父モーツァルトが平均律を使ったということも可能性としてはあるかもしれない…。
すると、ヴァイオリンの調弦を平均律でやったということもありえるかもしれませんね(笑)。
いずれにせよ件の教則本が「チェンバロの伴奏付か」どうか(+開放弦をほんとに使うか)が crucial なところかもしれません。
だいぶ脇道にそれてすみません。
>ということで和音と旋律はピッチが違ってきますので
実はここのところを詳しく教えていただきたいです。さすがに本にあるようにピタゴラス音階を念頭に置いて弾く人はいないんじゃないかと思うのですが、例えば「旋律を弾くときは導音を高めにとる」というような感じの一般原則はあるのでしょうか?
まあ、いずれにせよ状況によってまちまちだと思いますが…。
逆に和音、例えば長3度音程の重音の場合は純正な響きを得るために若干狭く取るとかいろいろです。
ということは例えばC-Durの場合にF音が下行導音なので旋律で下行するときに低めという感じでしょうか・・・プロはどうしてるのかは知りませんが・・・
あと同じスケールでも速度によっては速ければ旋律的なピッチ、遅いなら和声的なピッチという風に・・・・
私は実際そんなことまで気が回らないですがw
>いずれにせよ件の教則本が「チェンバロの伴奏付か」どうか(+開放弦をほんとに使うか)が crucial なところかもしれません。
普通に現在のスケールのエクササイズは一般的に開放弦も使います。(教える人によっては使わない?)
ピッチがずれていかない様にするため?なのか開放弦とそうでない音色をあまり違わないように弾けるようにするため?なのか分かりませんがw
専門家じゃないので変な疑問かもしれませんが演奏中にピッチを制御するから、音律の違いが弦楽器の調律にまで影響するとは思えなくて疑問に感じてただけですので、プロに訊いたら関係あるよって言うかもw
フレットの付いた弦楽器は使う音律の固定ピッチに調律しないとどうしようも無いと言うことは私にも分かります(笑)
>ヴェルクマイスター音律だというものです
バッハの言う平均率は12平均率とは別というのは一応存じてます。
素人の私から言うと理論的に音律があって、それに近い音程を?ということで固定ピッチの楽器を除いては様々だったのではないかなぁと。
そこから話が飛躍するけど、モーツァルトがフルート(トラヴェルソ?)の音程の悪さに嫌気を感じたとか言うエピソードがありますが、あれって古い音律の固定ピッチだったりしたからなのでは?と思ってたりしますw
また、音律というものは、一般に厄介で、私としてはできるだけ避けて通りたかったことなのですが、今回、理論と実践の関係についての理解が一歩前進したように思います。
(なぜか今日は立て込んでてこんな時間まで起きてます・・・・)
お気遣いをどうもです。
SKKというちょっと特殊な日本語入力を使っていて、そこでは割と切り替えが楽なので、多分大丈夫です…。
SKK-> http://openlab.jp/skk/index-j.html