ええと、ちょっと奇妙に聞こえるかもしれないことを少々書きます…。自己確認です。
「まうかめ堂は幽霊でなくてはならない」ということを少し忘れかけていて、最近「肉声」のようなものをこのブログを初めいくつかの場所で発しすぎたようだ、と思いはじめました。
「まうかめ堂は幽霊でなくてはならない」。
「中世音楽のまうかめ堂は十分広大なネットの情報世界のなかのもう一つの小さなノイズでなければならない。」
不特定多数の人々に向けて何かを言うことなど、もとより私にはできません。
したがって、私がここあるいは自サイトに書いていることはモノローグ以外のなにものでもないわけです。
そういえば大昔の日記には「世界の周縁でなんか呟く」と記していたではないですか。そこを履き違えてはいけません。
しかし、そうであっても面白いことに、またありがたいことに、通りすがりの人々が、耳を傾むけてくれたり、声なき声で応答してくれたり、声のある声で応答してくれたりするわけです。
彼ら自身それぞれはもちろんリアルな存在でしょうが、誤解を恐れずに言うなら、ネットを介して私の前に立ち現れるそのすがたは、やはり幽霊そのものです。
だから(この論理は理解しにくいでしょうが)「まうかめ堂は幽霊でなくてはならない」
でも、考えてみれば、中世音楽との対話も、常に幽霊との対話なのでした。それを作った人々はとうの昔にいなくなっていて、その活動の、その音楽のかすかな痕跡だけが残されています。その痕跡は本当にかすかなもので、それをどのように実際に鳴らされる音楽として実現するのかすら確かなものが極めて少ない状況です。
にもかかわらずそれら幽霊たちは、私の中に揺ぎないリアルな驚きや感銘を私の中に残していくのです。それを作った人々は、600年も700年も後になって、自分の作ったものが、極東の、彼らが住んでいた土地から地球を半周ちかくも回ったところに暮らす人間の心に響くなどとは思いもよらなかったかもしれませんね。
もう一段飛躍をするなら、まうかめ堂は、そのリアルなもののために幽霊であらなければならない……きっとこれです。
(いや、やはり理解不能。)
2006年07月19日
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(読む人によっては、デリダのタームを不用意に使っているなあと思うかもしれませんね(- -;)。
腐女子にもわかる書き方で説明してください。
不可能です。このモノローグは…。