2008年01月20日

デュファイのアイソリズム・モテト

今年に入って立て続けにデュファイの MIDI を up してますが、今や私はデュファイのアイソリズム・モテトに夢中です。

実は、私はアイソリズム・モテトをまうかめ堂で取り上げるのを今までずっと避けてきました。なぜならば、アイソリズム・モテトは、ジャンルとして、あるいは技法として、中世音楽の精華というべきか、最終到達点というべきか、もっとも高度なポリフォニーであって、最後に来るべきものだと思っていたからです。

それで、ほとんど気まぐれにデュファイの二曲を作ってみたら、何かわかってしまいました。
今までまうかめ堂で MIDI なりなんなりを作ってきた本当の目的は、アイソリズム・モテトをきちんと理解することだったということを…。(いままで気づきませんでした。)

そしてその向こう側には20世紀音楽、とりわけセリー音楽をきちんと理解するという20年来の宿題が見えかくれしていて、いずれは、中世音楽と現代音楽をてこに「通常の」西洋音楽史における図と地を反転させるようなものの見方を形にしようとするかもしれません…が、これだけでは、何を言ってるのかわかりませんね。

まあ、それはさておき、デュファイです。
アイソリズム・モテトです。

デュファイのアイソリズム・モテトは、13世紀のモテトを胚とし、ド・ヴィトリ、マショー、チコーニア、ダンスタブル、と続く系譜の最後にくるものです。

デュファイは音楽の歴史としてみるならば、ルネサンスと呼ばれる時代の最初の作曲家であり、新しい時代を切り拓いたパイオニアであるわけですが、時代の移り変わりはもちろんある日を境に起こるわけではありません。つまり昨日まで中世で、今日からルネサンスだという特定の日付は存在しません。

デカルトの中にスコラ哲学が流れ込んでいてその養分の上に近代哲学が切り拓かれたように、デュファイの中には中世音楽の全てが流れ込んでいて、そこに深く根を下ろしています。

その大きな残響は、一方では彼の多くの世俗シャンソンに響いており、また一方では、アイソリズム・モテトにおいてより直接的に発現しています。

しかし、デュファイはその音楽家としての人生の半ば(1440年代前半)で、もはや時流にそぐわなくなったアイソリズム・モテトの作曲をやめてしまいます。

すなわち、デュファイこそが、中世音楽を完全に終わらせた墓堀人だということもできます。

これに関して、ウエルガス・アンサンブルのデュファイのアイソリズム・モテト集のCDによせられた、この団体のリーダーであるパウル・ファン・ネーヴェルの言葉が極めて的確にこれを表現しています。
1440年代、個人の表現、ポリフォニー的音響の感覚性(sensualite)、テクストの内容へのヒューマニスティックなアプローチがますます重要になってくる時代にあって、アイソリズム・モテトの厳密な数学的制約にもはや未来がないことはデュファイにとって明白なことだったにちがいない。この意味で、デュファイのアイソリズム・モテトは、マショー、ダンスタブル、チコーニアによって準備されたこの中世の多声音楽の概念の頂点をなすと同時に、若かりしデュファイが完全に同意していた形式概念の終焉をも表現している。彼のアイソリズム・モテトは、中世の凋落のある種の加速された音楽的なヴィジョンを形成している。(主に仏語訳からのまうかめ堂のテキトー訳)

しばらくアイソリズム・モテトとその周辺をうろつくことになると思います。
posted by まうかめ堂 at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 中世音楽

2008年01月01日

謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。
ぼちぼち活動を再開していきたいと思います。
(とはいうもののさすがにこの年になると私でも忙しくなりますね。)
去年のノートルダム楽派みたいに大変なテーマを掲げてしまうと身動きがとれなくなるので、今年はゆるゆるいきたいと思います。

ここ数年大晦日は紅白を見ないでMIDIを作っていることが多いのですが(笑)、昨日もその時間デュファイのMIDIを作っていました。
やっぱりデュファイやマショーは作ってて楽しいですね。

今年はデュファイをぽつぽつ作ることから始めましょうか。

それでは、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
posted by まうかめ堂 at 16:28| Comment(6) | TrackBack(0) | 「まうかめ堂」の日記

2007年09月09日

今後の予定

うっかりというべきか、「終わり」を口にしてしまったばっかりに、思いがけなくも多くの方にご心配をかけてしまい、申し訳ありません。

「まうかめ堂」は存続いたします。

ただ少しの間更新は休ませてもらって、早ければ11月の1日ごろを目安に、そうでなければ2008年1月ごろに新しい内容が追加されるようにしたいと考えています。(まぁ、ガルランディアの翻訳の一章が追加される程度だと思いますが…。)

なんといますか、こういう時期って必要、です、よね?

この日記も当初閉じるつもりでしたが、とりあえずこのままにしておきます。

それでは、また。
posted by まうかめ堂 at 18:48| Comment(3) | TrackBack(0) | 「まうかめ堂」の日記

2007年08月18日

「『まうかめ堂』の終焉」についての補足

先日の日記で方針の転換を打ち出しましたが、一部で思わぬ反響があったようなのでもう一言説明いたします。

・サイトを閉じるということはありません。

・解説文書を捨てることにしたのは、それらを最近自分で読み返していて「違うなぁ」と思うことが多くなったからです。こういう記述は私にはまだ早かったようです。

・日記についても同様の理由です。
われながら良くないなぁと思うのですが、最近とみに「重さ」に捕われはじめているようですね。
一度リセットが必要です。

・MIDIの製作をやめることにしたのは、最近自分で自分の作ったMIDIを関心を持って聴かなくなったからです。
これはほんとに卒業という感じです。

まぁ、なんというか、「ウェブサイトを作るという勉強法」という感じでやってましたがこの辺で気分転換が必要かな、ということです。
posted by まうかめ堂 at 16:36| Comment(6) | TrackBack(0) | 「まうかめ堂」の日記

2007年08月14日

「まうかめ堂」の終焉

最近気づいてしまいました。
「中世音楽のまうかめ堂」というサイトは、私の中で既にその役目を終えていたということに…。

なんというか、モードが変わったと言いますか、まうかめ堂のコンテンツは全て捨ててしまって良い気がしてきました。

中世音楽に対する関心が薄まったわけでは全くないのですが、そろそろMIDIを作ったり、中世音楽について何かを書いてみたりということを卒業してもいい頃合かな、と思っているのです。

そういうわけなので、すぐにでもサイトを閉じてしまっても良いのですが、ごく稀によそ様のサイトからリファーされてることもあるのでとりあえず現在の状態は維持しつつ、内部構成を少し変えることにしました。

・翻訳(のようなもの)以外の文書は捨てます。ただ一応辿れるように雑文のページの片隅に放りこんでおくことにしました。

・MIDIはそのままにしておきます。ただどんな曲についてもMIDIを作成することへの意欲と関心はもうあまりないので、新しいMIDIが作られることはないかもしれません。

・BBSは閉じることにしました。この日記もいずれ閉じるつもりです。


で、今後の活動は次の二点にしぼりたいと思います。


1.やりかけの翻訳(のようなもの)をとりあえず終結させる。

2.楽譜の校正の精度を上げる。


ま、結局まうかめ堂の内容で多少なりとも意味があると判断したのはこの二つだけということです。

そして、その先のことは未定です。新しい transcription を作りはじめるのか、新しい論文を読みはじめるのか、はたまた他のことをはじめるのかは、未定です。
posted by まうかめ堂 at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 「まうかめ堂」の日記

2007年07月08日

マショーのバラード vs バッハ vs ソナタ形式

先週MIDI 環境の整備が完了したことを書きましたが、せっかくなので何か一曲作りましょうということで、バッハのプレリュードのちょっとした MIDI を「中世以外の音楽のまうかめ堂」の方に up しました。

この曲は私の好きな曲で、難易度も手頃なため、バードの Nevells booke と出会う前はピアノに向かうと必ずこの曲を弾き始めるような曲でした。

MIDI 自体はほんとにたいしたものではありませんが、そういえば去年マショーのバラードを作っていたときに、マショーのバラード&バッハの舞曲形式の鍵盤曲&ソナタ形式について書きそびれていたなぁ、ということを思いだし、この MIDI を up しました。

「マショーのバラード&バッハの舞曲形式の鍵盤曲&ソナタ形式」について一体何を言いたいのかというと、以下のようなことです。

・これらは構造的に同型である。それは形式的なものだけでなくて、音楽の力動的構造の点で同型である。

・すなわち、18、19世紀に隆盛を究めた表現形式であるソナタ形式は、少なくとも14世紀マショーのバラードまで遡れる。

「また、まうかめ堂はとち狂ったか」と思われるかもしれませんが説明します。

まず、上でバッハの舞曲形式の鍵盤曲と言ったものは、フランス組曲やイギリス組曲、あるいは無伴奏チェロ組曲なんかの、アルマンドとかクーラントとかジーグとか舞曲起源の形式の曲を指しています。

それらはそれぞれ性格的に異なるフレイバーを持つ形式ですが、繰り返しのパターンは一様に AABB の形をしています。

一方、中世フランスの定型歌曲の一様式であるバラードは、これも舞曲が起源だとされていますが、その繰り返しのパターンは AAB です。ときどき AABB のように B パートを繰り返すことがあります。

というわけで同じ形をしてますね……ということが言いたいのではなくて、上でもわかりにくく言ったように内容の同型性が見られるということを言いたいです。

さて、野暮ったいことを言うならば、大抵の音楽作品は起承転結というストーリー展開の図式で理解することができます。

バッハの舞曲の場合、(何が「起」で何が「承」かは言う気はありませんが、)B パートのはじめに明確に「転」が来ます。

すなわち、A パートの終わりでフレーズが一旦締めくくられた後、B パートの開始部では和声や調が動いたり、音楽がドラマティックに展開したり、それまでと性格的に逸脱しているようなことがいろいろ起こります。

そして、B パートの後半で元の鞘にまとめてみせると、たとえ一分二分の短い曲であってもひとつのドラマが過不足なくそこに完結することになります。

こういう構造的な図式はバッハに限ったことではないかもしれませんが、バッハにおいてはとりわけ顕著であるように思います。

一方、マショーのバラードにおいてもB パートのはじめに明確に「転」が来て、バッハの舞曲のとき同様なことが起こります。すなわち和声や調が動いたり、音楽がドラマティックに展開したりします。

マショーのバラードの場合、特に注目したいのは、主旋律を担う上声部が、B パートのはじめで高い音域から入ることが多いことです。A パートの終わりの音から比べ、その五度、六度上は当り前、七度八度の跳躍もあります。

さらに、B パートの終わりの部分は、A パートの終わりと全く同一であることも多いことも強調しなくてはなりません。

やはりこういう構造的な図式はマショーに限ったことではなくて、同時代あるいはその後の時代のバラードにも見られるものですが、マショーにおいては性格的にとりわけ顕著です。

で、ソナタ形式ですが、これは上記のバッハの舞曲の力動的な構成を、主題とその展開という構成に敷衍したものに他なりません。
(あ、これは私が勝手にそう思っているわけでは必ずしもないです。たとえば、今、私の手元にある音友の新音楽辞典にもそれを示唆する記述がちゃんとあります。)
実際、モーツァルト以前の初期のソナタ形式の楽章では、本当に AABB の形式をしていることが多いようです。B パートに展開部と再現部が入っていて、展開部が「転」です。

というわけで、マショーのバラード&バッハの舞曲&ソナタ形式は全て構造的に同型である、という認識に至ります。

さて、上の議論で、バロックの舞曲がソナタ形式にすんなりつながっていることには一定の理解が得られるかもしれませんが、バッハの舞曲とマショーのバラードの間に直接的あるいは間接的つながりはあるでしょうか?

すなわちマショーのバラードに見られる構造的な形式が時代から時代へと連綿と受け継がれて、バッハの時代にまでつながっているのか?……

おそらく答えは No だろうと私は思います。

これにはバロックの舞曲形式も、中世のバラードという形式も、もともと民間の舞曲がその起源だったことに注目する必要があると思います。
すなわち、普遍的、あるいは不変なのは AABB という繰り返しのパターンそのものでしょう。(踊りの音楽における一パターンとしてのこの繰り返しの形式は、西洋世界だけのものですらないでしょう。)

その、ある種典型的で単純なパターンを、自身の芸術的な音楽に昇華させていくその発現のさせかたがバッハとマショーで共通していたと考えるのが自然だろうと思います。

別のいい方をするなら、西洋音楽において、17世紀以降の構成についての考え方、発想法、精神性が既に14世紀にもあったということです。

西洋音楽の歴史において、その構築的な側面について、「ギョーム・ド・マショー以来ブーレーズにいたるまで、西洋音楽は構築的であった。」というような記述を見たことがありますが、それはあながち間違いではないかもしれません。

…………

と、なにやら書いてきましたが、(ひさしぶりにまじめな顔でこういうことを書くと照れますが、)比較のため MIDI でも並べておきましょう。

バッハ:プレリュードハ長調: [MIDI]

クレメンティ:ソナチネ第一楽章: [MIDI] (AABBの形のソナタ形式の楽章)

マショー:Biaute qui toutes autres pere(ballade): [MIDI], [mp3].

こうやって並べるとマショーはだいぶ地味に見えてしまいますね。
それにマショーだけ明らかに異質ですし…。
posted by まうかめ堂 at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 中世以外の音楽

2007年07月01日

MIDI 環境の整備

調整を進めている新マシン ciconia ですが、MIDI 関係のソフトのインストールがひとまず終わったので、全体の98%ぐらいの調整が完了したことになります。

以下そのお話です。

まず TiMidity++ は aptitude でパッケージを取ってきたら自動的に終了。

timidity は単体では音は鳴らないので、音源の GUS patch を入れる必要があります。これについては、以前から使っていた大量のストックがあるのでそれをそのまま使えば良いのですが、Debian ではその辺どうなってるのかと見てみると、あるじゃないですか、公式配布のフリーなパッチが…。

どうもこれのもともとの配布元はfreepats.opensrc.orgというところらしいです。

で、中身を見てみると、ところどころに抜けてる音色があって、GMの128音色全部が揃ってるわけではない…。

なるほど、過去にネット上に出回っていたパッチも、徹底的にライセンスを洗い出すと本当にフリーなものはこれしか残らなかったのかもしれませんね。

で、パッチもひとしきり試したりしつつ前から使ってたのをベースに一揃組みました。

というわけで、timidity はすぐにインストール完了。

さて、問題はいつもほんとに御世話になってるシーケンサ、STed2 が動いてくれるかです。

たしか woody のころまでは、これも Debian パッケージに入っていたのですが、STed2 自体は5年ぐらい前から新しいヴァージョンが出ていません。

果して Debian etch で動いてくれるでしょうか。

………

コンパイル自体はあっさりできました。

でも起動しようとすると Window が開けないみたいなエラーが出て止まります。

で、X 関係の部分のソースで当たりを付け、原因を探ってみたら、フォントの設定に失敗してるらしいことがわかりました。

Debian etch では、X が、XFree86 から X.Org に移行したので、その辺の関係かもしれません。面倒なのでかなり ad hoc な対応として、エラーを無視し、システムに存在することがあらかじめわかってるフォントを明示的に指定してやるようにソースを修正したらきちんと起動できました。

(何をどうしたかを書いてもいいのですが、たいしたことをやっておらず、有益な情報では無いのでやめときます。)

で、timidityを STed 経由で鳴らすこともあっさり成功、懸案のSTed2 は難なく使えるようになりました。

さて、これで後は Roland SC-88 をとりあえずシリアル経由でつなげて MIDI 環境の構築が完成です。

と、思って、PC の背面を覗いたら衝撃の事実が…。

シリアルポートが無い!!!

IDE だとか AGP だとかに気を取られていてシリアルポートが無かったことに今の今まで気づきませんでした(--;)。

これには笑うしかないです。
「そうかぁ、シリアルポートも無くなったんだぁ」とひとしきり遠い目をしてみた後、気を取り直して SoundBlaster から MIDI ケーブルをつなげました。

これで MIDI 関係は完成です。

(正確には STed2 が勝手に /dev/midi を初期化してしまうため、SC88につながってる MIDI A ポートがブロックされてしまう現象がありましたが、そこはやはりソースを適当に修正して望みどおりに動くようにしました。)

さて、これで「まうかめ堂」のコンテンツを製作する体制は完全に整いました。

手始めに何かちょっとした MIDI を作りましょうかね。
posted by まうかめ堂 at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | Debian

2007年06月17日

Debian 日記

しばらくPCの調整等で本サイトの方を更新できなさそうなので、せめて日記を書くことにします。

CPU & マザーを交換したので Debian のkernelをアップグレードしたところまで書きました。

次は Debian を sarge から etch に上げるつもりでいたのですが、いくつかの理由から再インストールすることにしました。

前のマシンは potato のころから使っていて、potato -> woody -> sarge と dist-upgrade を繰り返してきたものだというのと、だいぶいろんなソフトを試しては捨てきれてないので、その辺一回リセットしてすっきりさせましょうということです。

それで、これまでの資産(主に home directory )を保ったままでどうやって再インストールするかです。

実はこうなることを見越してこれまで HDD を使っていたというのがちょっとあります。
内蔵の IDE の HDD が二台付いていて、マスターが最初から(5年半前から)付けてある Maxtor 40G, スレイブが後で買い足した Seagate 160G です。

システム本体はマスターに入っています。
で、Seagate 160Gは80Gずつ二つにパーティションを区切り、後ろの80Gに home directory でかさばる音声ファイル(wav,mp3)とかビデオ録画の動画ファイルなんかが放りこんでありました。

それで再インストールするにあたって、元のマスターにまたインストールするのはどうかと思うので、というのは使用年数から言って、次に壊れる可能性の高いのがこのマスターの Maxtor 40G だからですが、マスターとスレイブを入れ換えて、Seagate 160G の前半分に新たに Debian etch をインストールしました。

これで資産はそっくりそのまま、新システムに移行できました。
(HDDに余裕があったからできたことですが…。)

で、Debian etch、いいですね。

ウィンドウマネージャというかデスクトップの gnome がやたらと MS Win 風になってるのが気になるといえば気になるのですが、これなら Linux なんて触ったことない、しかも Debian なんて難しそうなんて人も全然OKですね。

で、後はPCを使えるように仕込む作業が残っているわけですが、それは私的には楽しい作業だけど、「まうかめ堂」的には更新が進まないのであまりありがたくないことになっているわけです。

とりあえず、先日キャプチャボードが動いたことでハードウェアは全て正常に動くようになったので、あとは諸々ソフトですね。

とりわけ MIDI 関連がまだ全く手つかずです。
TiMidity++ がまだなのと、ほんとにいつも御世話になってる STed2 がちゃんと動いてくれるのかが懸案です。

まあ、ぼちぼちやっていきましょう。
posted by まうかめ堂 at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | Debian

2007年06月16日

キャプチャボード GV-MVP/RX を Debian (etch)で動かす

二年半ぐらい前からちょっとテレビを録画したりするのにI-O DATAのキャプチャボードGV-MVP/RXを使っています。

以前は Debian sarge で、ぱ研さんの開発始めのころのだいぶ前のドライバを使っていたのですが、今回 Debian を etch にしたので、ドライバを入れ直す必要がでてきました。

ぱ研さんのドライバは既にivtv 本家の方にマージされていたのでそちらからドライバを取ってきてビルドしたのだけど、映像はきちんと映るのだけど音声が高音でゴニョゴニョ言っててどうもおかしい…。

それでぱ研さんの過去ログを見て、macmil_co_jpさんのサイトで配布されてるパッチを使ったらバッチリ動きました。
(一体なにが起きていたのかについてはぱ研さんの過去ログ2006後半を見てみてください。)

以下なにをどうしたのかをメモっておきます。

まず私の環境は以下のようです。
Debian GNU/Linux 4.0 (etch, amd64)
kernel: linux-image-2.6-amd64 2.6.18+6

諸事情あって再インストールしたのでほとんどまっさらな状態です。

まずivtv 本家の方からとりあえず最新版 ivtv-0.10.3.tar.gz を落としてきます。

あとコンパイルのためには Debian パッケージの g++ と linux-kernel-headers が要ると思います。
# apt-get install g++ linux-kernel-headers

さて、前述のmacmil_co_jpさんのサイトから saa7115p.tar, tvaudiop.tar, kb10-082.tar の三つをダウンロードします。(そこでも書かれているとおり .tar はダミーです。)

それで適当なところで ivtv-0.10.3.tar.gz を展開。上の三つのファイルをコピーします。
$ tar xzvf ivtv-0.10.3.tar.gz
$ cp saa7115p.tar ivtv-0.10.3/i2c-drivers/saa7115.c
$ cp tvaudiop.tar ivtv-0.10.3/i2c-drivers/tvaudio.c
$ cp kb10-082.tar ivtv-0.10.3/i2c-drivers/Kbuild

あとは ivtv-0.10.3 のディレクトリに降りて make, make install でOKだと思います。

# cd ivtv-0.10.3
# make
# make install

あ、ファームウェアのインストールがまだの人はこちらから拾ってきてインストールしましょう。

そしてロード。
# depmod -a
# modprobe ivtv

ためしに 1ch を見てみましょう。
まず v4l2-ctl で video standard を NTSC-J にします。(日本にいるなら。)次に ivtv-tune で周波数を日本の1ch に合わせます。
$ v4l2-ctl -s ntsc-j
$ ivtv-tune -tjapan-bcast -c 1

これできっと見れます。
$ cat /dev/video0 > test.mpg

で test.mpg に録画されれば成功です。

最後に。

ドライバを作って下さった方々に感謝です。
Deo gracias Amen!
posted by まうかめ堂 at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | Debian

2007年06月10日

CPU & マザーボード交換のはなし

先週の某日の深夜、自宅の Debian PC (通称 "dufay")の X window が突如落ち、 CPU がらみのエラーを吐いてフリーズしました。

mplayer が悪さをしたかと思いながら、再起動をかけようとするも、BIOS すら起ち上がらないのでかなり焦りました。

それで、何度かトライするうちにDebianのブートローダーまで到達することもあったけど、結局最後には何も起こらなくなってしまいました。(真っ暗な画面なままでキー入力等を全く受けつけない…。)

さてどうしたものか。
おそらく5年半使い倒したマザーボードが壊れたのでしょう、ということで、ちょうどいい機会なので思いきってマザーボードとCPUを新調することにしました。
(まぁ自作DOS/Vの強みでしょうか。)

というわけでアキバへGo。

最近一部で話題の「らーめん缶」の自販機が「完売御礼」で売り切れてるのをチェックした後、T-ZONE, ドスパラ、クレバリーあたりで物色、さすがに五年も経つとマザーボードの状況もえらく変わると次の二点で痛感しました。

一つは、もはやHDDの接続はSereal ATAが主流でIDEポートが一つしか付いてないボードが大半ということにちょっとびっくり。まぁでもこれは何年も前からわかってたことですが…。

もう一つは(グラフィックカードを付ける) AGP ポートが無くなっていて、みんな PCI EX16 になっていたことです。依然 AGPのグラフィックカードは売っているのだけれど新しいマザーにはAGP ポートが無いということになっていました。

これにはちょっと参りました。結局グラフィックカードも買うことに…。

それと、最近のパーツは軒並発熱が多いということで、きちんとファン付きのケースも買うことにしました。

結局、次のようなパーツを揃えました。

CPU: AMD Athron64 X2 4200+
Motherboard: ASUS M2V
Memory: Hynix DDR2 1G x1
Graphiccard: ELSA GLADIAC 573 (GeForce 7300LE)
適当なケース

メモリー以外は全部リテールものを買いましたが、グラフィックカードはバルクでも良かったかなとも…。あとメモリーは500M二枚にすべきだったかとも…。

まあでも良しとしましょう。

で、早速組み立て。前のPCからHDD, DVD/CD drive, サウンドカード等を引っこ抜いて付けかえです。それにしても、CPUの取り付けも以前に比べて楽になりましたね。

で、起動。
さすがは Debian です、CPUとマザーを交換したぐらいでは、何事もなかったように普通に動きます。

ただグラフィックカードも新しくしたので、X window はドライバを新しくしないと動きません。nvidiaのサイトからドライバを落としてきてモジュールを取り換えたらX window もあっさり動きました。
良い時代になったものです。

さて、「普通に動く」とは言うものの、ただ動くだけでは折角の新CPUが泣きます。

というわけで、なんと二年ぶりに kernel を upgrade することにしました。(いままでサボっていただけですが…。)
本当は Debian も sarge から etch に上げたいところですが、順を追ってということで、まずは kernel を 2.4.24 から 2.6.8 へ。

最初、kernel 2.6.8 を binary image で持ってきたのだけど何故か kernel panic を起こして止まるので、ソースからコンパイルすることになりました。

それで、適当に設定してほどなく動きましたが、一つだけ問題が…。マザーボード上の storage 制御の VT8237A というチップが認識されていない…。

何が困るかというと、これだと IDE devise が DMA 転送をしてくれないので、HDDの読み書きでCPU 負荷&時間がだいぶかかることです。

で、検索かけまくって調べたところもっと新しいカーネルなら大丈夫そうでしたが、面倒なのでとあるフォーラムの記事を参考にソースを二行ほど修正したらきちんと動き始めました。

すると前のマシンにくらべ、無茶苦茶速く感じますね。

というわけで、一段落したところで新しいマシンに名前を付けましょう。

命名:ciconia (チコーニア)

ちなみに、これまでの Linux machine の名前は

98年頃 Vine Linux 1.0: pynchon(ピンチョン)、pynchon.vineland
00年頃 Vine Linux 2.0?: machaut(マショー)、machaut.ars.nova
02年 Debian GNU/Linux 3.0 woody: dufay (デュファイ)

でした。
posted by まうかめ堂 at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | Debian